秋も少しだけ深まりつつ。
とある、山の中。

紅葉が始まっている。
もうひと雨あったら散ってしまいそうだ。

小道を抜けて。

彩とりどりの。
僕はむしろ、紅葉は散った姿の方が好きなのかも。

渓流沿いのこのエリア。
いい具合に色づいてきているみたい。

濡れた岩に張り付く様もいいなぁ。

濃紅、それよりも少し黄色がかったくらいの
半歩後ろに下がったくらいの
そんな色づきが、好みだ。

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少し陽が傾いてきた。

砂浜も。

駐車場の杭も。
夕陽の色を纏い始めている。

言葉も
音楽も
何もいらない。

ただ、波音と
この色だけあれば。

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あまり自分の年齢を意識したことはなかった。
別にいくつであっても
自分のやることに制限なんてないし
好きにやればいいと思っていたから。

でも気がつけば
今まで生きてきた時間を
これから過ごすということは
間違いなくありえなくて

素直に若い日々が
少しだけ羨ましく思える
そんな年齢になったようだ。

ま、これからも
思う存分 好きにやるけどね。

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少しだけ夏を引きずる海岸も
気がつけば やはり秋の風。

素足には少し冷たい海水が
繰り返し砂浜を洗う。

波の上でスタンドアップパドルを止めて
休憩する人を遠くになんとなく眺めながら。

ゆっくりと陽が落ちていくのを
僕は待っている。

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少し傾いてきた陽を目にしながら
銀杏並木の奥へと進む。

夜が来るのが少し早くなった頃は
夕陽を楽しむ時間が簡単に手に入る時期でもある。

ぽつんと置かれたベンチも陽のスポットライトを浴びて。

これから 賑やかな時間の始まり。
楽しげな声が通りの向こうから聞こえてくる。

銀杏の葉が色づくのはもう少し寒くなってからかな。

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思いの外晴れた日曜日の午後。
南青山の裏通り。

光を受けて真っ白に輝く壁の前で
そこに立つ人は色のついた影になる。

自分の若い時とシンクロしてしまう街角。
長い月日は経っているのに
あの日々がふわりと蘇る。

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気がつけばすっかり陽は傾き。
夕方になり始めている。

休日はひと気の少ないエリアだけど
それでも夜の準備は始まっている。

家路に急ぐ人の姿はあまりないけれど

なんとなく
人恋しくなる時間帯。

あの人に送ったメッセージ
気がついてくれるかな。

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長い時間を過ごしてきた建物たち。

隙間から。
向こうの窓から。
向こうのドアから。
差し込んでくる光は
この上なく美しいと思う。

いろいろな建物の
いろいろな光。

過去の光の中にも
きっときっと沢山の物語が。

そんなことに
想いを馳せながら。

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カフェで寛いでいるうちに。
少しだけ陽が傾いてきた。

大きな桟橋は目と鼻の先。

でも沢山の人で賑わっているから
そっちには足を踏み入れないんだ。

普段は横見に見ながら
通り過ぎている場所に

今日は入ってみようかな。

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関内、馬車道あたり。
気がむくとぶらぶらと歩きに行く。

目に付いたものをパシャリ。

階段を少し下りてパシャリ。

旧い建物に入り込んでパシャリ。

窓辺でパシャリ。

さてお茶でも飲んで一息入れよう。

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森の香を浴びながら、森を進む。

渓流が近づいてきた。
苔に覆われた倒木が横たわっている。

渓流まで降りていく。
穏やかな流れが静かな朝に響く。

まだ色づく前の木の葉たち。
綺麗な色に変身するのはあとどれくらいだろうか。

さぁ、戻って朝のコーヒーを淹れよう。

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夜明けの森の中で目をさます。

雨は夜明け前にが上がったようだ。
落ち葉たちもしっとりと濡れている。

砂利の上に鈍く光る落ち葉。
もう少ししたら色とりどりの落ち葉たちが大地を飾る。

冷んやりした水分を含んだ空気を吸い込みながら。
ゆっくりと歩き出す。

もう少し上流に行ってみよう。

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広い店内にはコーナースペースがたくさんある。
隅っこ好きな僕にはこの上なく居心地がいい^^

少しづつ陽が傾いてきた。

そして旧いクルマも。
ナンバーもあるから自走できるんだろう。

夕食の仕込みが始まったのかな。
たくさんのスタッフが無駄のない動きと最低限の会話で
キビキビと動き回っている姿は美しいな。

大きなテーブルの上の地球儀が愛らしい。

これから夜が始まる。

そんな時間にまた来てみようと思う。

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曇り空の休日。
上野の杜に。

観光客でごった返す中でも、ここは思いの外 静か。
手を清める姿はいつ見てもいいなぁ。

階段を下りる人影になぜかホッとしたり。

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まだ真新しいカフェ。
ホテルが併設されている。
もうすぐ完成するという空港からの道路を当て込んでいるのだろう。

土手沿いに位置することもあって
ロードバイクのメンテも引き受けるみたい。
まだ利用者は少なさそうだったけど。

この静かな雰囲気はなかなかのもの。
陽がもう少し傾くまで過ごしてみよう。

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信仰心というもの。
親の親の世代までは割と身近にあったもののように思う。

全く詳しくないのだけど
それこそ仏壇があって法事もあってお坊さんが割と普通に家に来て。
子供達が習い事をするのが近くのお寺だったりお祭りがあったり。
思えばお寺は地域のコミュニティセンターのようなものだったのかもしれないけど
そのベースにはやはりシンプルにというよりはプリミティブに
神様、または偉大なる存在、に対する敬いや畏怖の念があったのだと思う。

親の世代くらいから仏壇がない家が当たり前になり
僕らの世代では近隣のお寺というものに行く機会もほとんどなく
その関係は希薄なのだと思うし、自分もその一人なのだ。

でも、街の写真を撮っていると
思いの外、神社仏閣が多いことに気がつく。
もちろん計画的に作られた新しい街にはあまりその姿はないが
僕が好んで足を運ぶようなある程度旧い街になればなるほど、多く存在する。

僕は特にスピリチャルなものには興味もないしその感もほぼないと思う。

でも境内に入ってしばらく過ごしていると、多くの場合
心地よい雰囲気に包まれて決して短くない時間を過ごしてしまう。

仏閣の構成する曲線のおかげなのか。
建物と緑のバランスのせいなのか。
程よい狭さと程よい人影の少なさのせいなのか。
それとも。。

理由はよくはわからない。
でも、僕はそこに足を運んでしまう。

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